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2025年6月13日、日本の社会保障制度における重要な転換点となる「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案」、通称「2025年年金制度改革法案」が国会で可決・成立しました。この法案は、急速な少子高齢化、働き方や家族形態の多様化といった社会経済の変化に対応し、誰もが働き方に応じて保障される仕組みへと年金制度を再設計することを目的としています。
本記事では、この改革の背景、主要な変更点、そして私たちの暮らしや企業経営に与える影響について、深掘りして解説します。
今回の年金制度改革は、以下の3つの大きな社会経済的変化に対応するために不可欠とされました。
日本の人口は近年減少局面にあり、2065年には総人口が9,000万人を割り込み、高齢化率は38%台に達すると推計されています。現役世代の保険料で高齢世代の年金を支える「賦課方式」の年金制度は、働く世代の減少により持続可能性が問われており、「支える人」と「支えられる人」の負担をより公平に分かち合う仕組みが求められています。
パート、フリーランス、再雇用など、多様な働き方が増える中で、従来の年金制度では十分に対応しきれず、「制度の谷間」に取り残される人々が増加していました。就労の実態に見合った保障の構築が急務となっています。
働き続けることで年金が減額される「在職老齢年金制度」や、家族構成によって給付内容が変わるといった点に対し、「今の仕組みでは納得できない」という国民の声が多数寄せられていました。厚生労働省は、働き方や男女差に中立的で、ライフスタイルや家族構成の多様化を踏まえた制度構築を目指しています。
今回の年金制度改革は、大きく分けて以下の6つの柱から構成されており、2026年から2035年にかけて段階的に施行されます。
今回の改革で最も広範な影響を及ぼすのが、短時間労働者への厚生年金・健康保険(被用者保険)の適用拡大です。これは、これまで労働時間を抑える大きな要因となっていた「年収の壁」問題の解消を図るものです。
2027年10月: 従業員36人以上の企業へ適用。
2029年10月: 従業員21人以上の企業へ適用。
2032年10月: 従業員11人以上の企業へ適用。
2035年10月: 企業規模要件が完全撤廃されます。
【家計と企業への影響】
これまで配偶者の扶養内で働いていた方は、社会保険に加入することで将来受け取る年金額が増加し、傷病手当金や出産手当金といった保障も手厚くなります。しかし、新たに保険料の自己負担が発生するため、短期的な手取り収入は減少する可能性があります。企業にとっては、社会保険料の事業主負担が増加し、特にパート・アルバイト比率の高い小売業や飲食サービス業などでは、人件費の増加や労務管理の複雑化といった影響が予想されます。
社会保険適用拡大の施行ロードマップ
| 施行時期 | 企業規模要件 (従業員数) | 賃金要件 | その他の主な変更 |
|---|---|---|---|
| 2027年10月 | 36人以上 | 現行通り(月額8.8万円以上) | – |
| 2029年10月 | 21人以上 | 現行通り(月額8.8万円以上) | 個人事業所の非適用業種を解消(新規のみ) |
| 公布後3年以内 | (施行時点の要件) | 撤廃 | 週20時間以上勤務者が原則対象に |
| 2032年10月 | 11人以上 | 撤廃済み | – |
| 2035年10月 | 完全撤廃 | 撤廃済み | 全ての被用者が対象に |
年金を受給しながら働く高齢者の「働き損」を解消し、就労意欲を高めることを目的としています。
【家計と労働市場への影響】
65歳以降も働きたいと考えている方にとって、年金が減額されにくくなるため、働くインセンティブが生まれます。厚生労働省の試算では、この改正によって約20万人が新たに満額受給の対象となる見込みです。深刻化する人手不足への対応としても、高いスキルと経験を持つ高齢者の労働市場への参加・残留を促す効果が期待されています。
在職老齢年金の支給停止額 改革前後比較シミュレーション
前提:老齢厚生年金(月額)15万円 + 給与(総報酬月額相当額)45万円 = 60万円
| 項目 | 改革前 (基準額50万円) | 改革後 (基準額62万円) |
|---|---|---|
| 収入合計 | 60万円 | 60万円 |
| 基準額超過分 | 10万円 (60万円 – 50万円) | 0円 |
| 支給停止額(月額) | 5万円 (10万円 ÷ 2) | 0円 |
| 実際に受け取る年金(月額) | 10万円 (15万円 – 5万円) | 15万円 (全額) |
男女間の不公平を是正し、多様な家族像に対応するための見直しが行われます。
【家計への影響】
男性にとっては新たな保障となる一方で、子のない30歳以上の女性にとっては、終身給付から有期給付への変更となり、長期的な生活保障が減少する可能性があります。この改正は、年金制度が従来の「世帯単位」の保障から「個人単位」の保障へと移行していることを示唆しています。
老齢・障害・遺族の各年金において、扶養する家族がいる場合に加算される「加給年金」が見直され、支援の重点が「配偶者」から「子ども」へと移行します。
この見直しは2028年10月1日に施行されます。
【家計への影響】
子どもが複数いる世帯では年金額が増える可能性があり、生活支援の面でプラス要素が期待されます。一方で、将来的に配偶者加給の減額を受ける夫婦のみの世帯では、老後資金計画の再検討が必要になる場合もあります。
保険料や将来の年金額の算定基礎となる「標準報酬月額」の上限が段階的に引き上げられます。
2027年9月: 65万円から68万円へ。
2028年9月: 71万円へ。
2029年9月: 75万円へ。
【家計と年金財政への影響】
主に高所得者層が対象となり、保険料負担が増加しますが、その分将来受け取れる年金額も増えます。この改革は制度全体の保険料収入を増加させ、財政の安定に貢献するとともに、中・低所得者層の給付水準をわずかに引き上げる効果も期待されています。制度全体の収支バランスを取るための重要な要素と位置づけられます。
公的年金を補完する私的年金制度が拡充され、国民の自助努力による老後資産形成が促進されます。
【家計と企業への影響】
60歳以降も働きながら節税メリットを享受しつつ資産形成を続けられるようになり、より柔軟なライフプラン設計が可能になります。企業にとっては、魅力的なDC制度が優秀な人材の獲得や定着のための有効なツールとなり得ます。今回の改革は、公的年金を補完する「自助」を国が明確に奨励している強い政策的メッセージでもあります。
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国会審議の過程で追加されたこの措置は、基礎年金の給付水準の低下を防ぐための重要なセーフティネットです。
【政策論争の焦点】
一方で、この措置は大きな論争を呼んでいます。厚生年金(会社員が加入)の積立金を国民皆が対象の基礎年金制度の支援に使うことは、厚生年金加入者から見れば「財源の流用」ではないか、本来自分たちが受け取る厚生年金の給付水準を低下させる可能性がある、という批判が挙げられています。しかし、政府は、年金制度全体の土台である基礎年金の安定を保つことは、厚生年金受給者を含む全国民の利益にかなう社会連帯の観点から必要な措置であると説明しています。
今回の改革は、個人の働き方や生活設計、企業の経営戦略、そして年金制度全体の持続性に多岐にわたる影響を及ぼします。しかし、いくつかの重要な構造的問題は手つかずのまま残されました。これらは次期以降の改革における重い宿題となります。
2025年の年金制度改革は、「人生100年時代」や「多様な働き方」といった社会の変化に対応し、誰もが働き方に応じて保障される仕組みへと制度を再設計することを目的としています。これにより、就労・保障・家族支援のあり方が見直され、これまで「制度の谷間」に取り残されていた人々にも保障の道が開かれます。
この改革は、日本の社会保障モデルが従来の「男性稼ぎ主世帯」を基準としたものから、「個人」を単位とするものへと移行していることを示唆しています。今後、私たち国民一人ひとりが年金制度を理解し、自身のライフプランに合わせた戦略的な家計管理と資産形成に取り組むことが、これまで以上に重要になります。
企業にとっても、社会保険料負担増への対応、報酬・福利厚生パッケージの見直し、労務管理業務の効率化などが喫緊の課題となるでしょう。
一方で、第3号被保険者制度や障害年金制度など、一部の構造的な課題は先送りされており、今後の社会経済情勢を見極めながら、さらなる改革が必要となるでしょう。国民との対話を重ね、改革に伴う負担と利益のトレードオフを正直かつ丁寧に説明することで、より本質的な改革に必要な国民的合意を形成していくことが、政策立案者には求められています。
日本人口の推移と高齢化率の見通しグラフ


※本記事の内容は、執筆時2025年6月のものです。最新情報は各機関や企業の公式サイトをご確認ください。
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